共に楽園を創ろう!

かずやの農園日誌

認識が世界をつくる

今朝方、バスに乗っていて 窓の外に中型の風車を見つけた。 ソーラパネルとのハイブリッドのやつだった。   二度見どころか四度見した。   おそらく室田さんのところに訪れて こうしたことに興味を抱いていなければ 気がつきもしなかっただろう。   しかし、それを見て感動した後 販売していないかをネットで調べていた。   売っていた。値段は数十万。僕でも買える。   ちなみに、設置は自分で行えるようで それもまた最高だと思った。   さて、 思いが世界をつくるという話がある。 それは確かに精神的に体感できる。   しかし、現実としてとらえている空間で そんな時に、たびたび起こっている パターンというのは まず何かしらかの意識をふまえて 自分の認識が、それに関連した事柄を 世界の中に見出し始めるという ごくごく当たり前のことだ。     追記. 室田さんへ ちなみに、銃の購入ができるようになりました。 車の免許が9月には取得できる予定なので そしたら荷物をピックアップしに向かいます!    

待ちながらやってみる

  去年の7月頃に収穫間近のじゃがいもを 猪に全部食べられてしまってから 今年、狩猟を始められるよう 段取りを進めてきた 狩猟を始めるには 割と手間とお金が必要で そのために建築現場とかで数ヶ月働きつつ 免許などの取得をして、今に至る お金もほどほどにたまり ばりばりの肉体労働のおかげで 体つきも一回りでかくなった あとは、銃の所持許可が警察から降りるのを 待つのみなのだが、音沙汰がない この文章を書いているのは1月の31日 明日からもう2月が始まってしまうので 銃による猟は先送りにして とりあえず罠猟などにとりかかるため 東京を離れ山梨の方へ向かうことに決めた そこで 狩猟と合わせて何かもう少し 得るものはないかと考えていたところ ひとつ思い浮かんだ せっかくなら 極力、持ち物や道具を減らしてみたりして 自分にとっての必要最低限や十分さを 体感できるような期間にもしたい かといって制限を設けて 挑戦することが減るのも嫌なので 罠や工具、材料などについては お金をかけるだろうと予定している 現時点で頭で考えてることは以下の通り 罠を仕掛ける 銃で仕留める 槍のようなもので仕留める 獲物をさばく それで料理をつくる 猪の狩猟 鹿の狩猟 猪肉を食べる 鹿肉を食べる 加工場の仮設 事故や大怪我を避ける どのくらい実現できるのかはわからないけど 安全第一でひとつひとつ 取り組んでいければなーと思っている  

タイミング

警察に射撃教習の申請を出して 一ヶ月が過ぎたけれど音沙汰なし   色々な方に協力していただいて お陰様で狩猟ができるまで あと一歩まできたけれど これまでの試験やらなんやらに比べて なぜだか、電話待つだけの そのちょっとした時間が 意外にも長いことを感じる   きっとまた タイミングというのを狙って 物事が進んでいくんだろうけど 一体、今度は何があるのかと なんとなくそわそわしている最近   話は変わって待っている間 わりとバイトをしていたら 知らず知らずに稼ぐ金額が大きくなっていた   畑にいた野菜とかの成長をみているようだと書けば 語弊があるかもしれないけど こつこつ働きかけることで大きくなっていくその様は なんとなくだけど同じ原点があるような気がする              

もうちょっとで狩猟ができる!

7月頃 育てていたじゃがいもたちが イノシシにほとんど食われたことで 狩猟をやってみようと決めてから   9月3日にワナと猟銃による 狩猟免許自体は取得したものの 銃の所持許可が別に警察の管轄で必要だった   しかし、それも昨日 「講習修了証明書」を手に入れてきたので 所持許可がおりるまであと一歩!   ゆっくりとだけど やってみようと思ったことが 進んでいく感覚は やっぱりいいものだなと 最近思っている。  

竹材、停電、仙人

ここ一週間以上、滞在中の古民家の電気が止まっている。 (未だいつ復旧するのかは不明) なので、むろたさんの家でパソコンを 充電させてもらってこの記事を書いている。 今朝の作業中に気がついたことがひとつと 停電の間に思ったことがいくつかあるので それを書いてみたいと思う。 今朝は割竹を編み込んだり、竹小屋をつくったりと 竹の加工とかをしていた。 竹林から竹材を切り出してきて これはなかなかいい竹だなーと思ったやつは 大事に活用しようとして すぐには使わずに大切にとっておくことがある。 けど、そうしてとっておいた竹を使おうかなと ふと見てみると、蟻にくわれていたりと悪くなっていることがあった。 逆に、加工に失敗したりして 当初の目的通りにはうまく使えないなーと思ったやつは 以外とすぐに別の役割を担ってくれたり たとえば、たき火とかの薪代わりになったりする。 そういうできそこないみたいなのは 悪く言えば雑に扱われているけど 逆に考えれば、大切にとっておいて蟻にくわれてしまったやつより 断然いろんな役に立っているといえる。 そんなことを考えてると こういうことって他の場面でもあてはまるなーと気がついた。 竹材がそうなら木材はそのまんまそうだし 人材や子供だって同じことが言えるかもしれない。 時間の使い方だって、たぶんわりと同じなんじゃないかと思う。 たとえば、久々の休みの日がきたときに せっかくのお休みなんだから何か特別なことを、、、とか あれもいいな、これもいいな、、、とか たまっていた仕事をこの日のうちに片付けられるな、、、とか なんて考えていたら、気がつくとだらだら過ごしているようなことって 自分は何度か経験した覚えがある。 もっと拡大して考えてみると たぶん人生全体でも同じことが言えるんじゃないかなと気がついた。 何か特別なことを、、、とか もっと優れたことを、、、とか そのためにはあれもやって、これもやって、、、とか もしそんなことを頭で考えていて 目の前にあるいろんなことを見逃していたとしたら たぶんそっちのほうがもったいないってことに後から気がついて 言いようのない寂寥感がやってきたとしてもおかしくないなあと 竹をいじりながらぼんやり考えていた。 それで そしたら蟻にくわれるまでじっと待っている良材よりも 何にでもとりあえず使われてみるような廃材みたいな まるで捨て石みたいな生き方の方が自分には合ってんだろうなと あんま共感は得にくいかもしれないけど 似たような人がいたら嬉しいなーと思って書いてみた。 (たぶん多くの場合、ほっとくと蟻の役もそれを見ている当人がやってしまうんだと思う。) さて、話は変わって 2週間近く、そして未だに続く停電で思ったことがいくつかあったんだけど ちょっと記事が長くなってきたから、さらっと書いておきたい。 だぶんほとんどの場合において なにかやることがあって忙しいから電気を付けているんじゃなくて 電気が付いてあるから忙しくなっていることがあるんじゃないかと 少なくとも自分自身に対して思った。 試しに、ケータイとパソコンの充電を0にしといて ブレーカを落として3日くらい過ごしてみたら おそらく、かなりこのことにうなずいてもらえる気がする。笑 あとは 電気がないなら自分で発電すればいいやと思って いろいろと考えてみたんだけど 結局、早く寝て早く起きれば 電気がなくともほぼ関係ないことが分かって 日中にいかに活動するか、って方向に考えがシフトしていた。 なんやかんや 自分の電気も水道も金もないけれど いろいろな人たちの支えのおかげで かなり有り難い生活ができている気がする。 (最近ではタケノコ食い放題だし) 自分で記事を書きながらこんなことを言うのも変だけれど 文面だけではたぶんなかなか伝わるのが難しいし おそらくあやしいと思う人にはかなりあやしいんじゃないかと思うので 興味があるって方は来てくれるのが一番だと思う。 ちなみに近々、作ってる竹小屋に数日 仙人やってみたい人でも募集してみたら面白いんじゃない、ってことで募集してます。笑 以上。

やりたい人が一人増えるだけで

先日は 畑のお手伝いに来てくれた方がいたので 3人でトウモロコシの種を植えたりしていた。   日が落ちてきそうになったので そろそろ帰りだなーと ふと畑を眺めてると やたら作業が捗っていたことに気がついた。   ふつうに考えれば 1+1=2だから 1+1+1=3が3人分の作業量のはずなのに どうやら 僕が思い描いていたその合計値を 余裕で超えていたみたい。   3人でやっていたことを思い返してみると レアなタケノコに喜んだり 木陰でのんびりしたり イチゴの甘さを味わったり ニラの味を強烈に感じたり がんばった覚えとかはぜんぜんないし やたら楽しんでいただけだったような、、、   でも 単純な計算が当てはまらないことに 気がついただけで 意外だなーというわけでもなく 今日はいっぱい遊んだなーくらいの感覚だった。   +1って思ってたよりもめちゃめちゃすごい。

渋い贈り物

先日 武川で空き家を貸してくれた粋な方が すげえ嬉しいプレゼントをしてくれました。   何が嬉しいかっていうと ものそのものはもちろんなんだけど おじちゃんの気遣いと優しさが まるで親戚のおじちゃんかと思うくらいで なによりもそこに 心がジーンときた。   いやーしぶいなー。笑

えんどう豆といちごが

取っても取っても 次の日になると 何事もなかったかのように 同じように実をつけている、、、 食べ物が間髪入れずに 毎日溢れてくるなんて 土にふれる生活をしたことがなかった 僕からすると驚くほかない。   そして 真竹のたけのこが もうそろそろでフィーバーしそうな そんな兆候がポツポツと   自然とか土って凄すぎる コンクリートの道も歩きやすいけど 食べ物が溢れてくる安心感を 直に感じたいなら やっぱ土もいいなーと思う

野萱草もうまいけど

野萱草(のかんぞう)を 初めて食べた時の感想は 「酢味噌漬けにしてもらっただけで こんなにうまいものが 野草でバンバン出てて食い放題なんて 信じられない、、、」 というものだった。   しかし ひと月くらい食べ続けていたりすると 食い放題なだけに そろそろもういいかなーなんて 贅沢な考えになったりする。   すると自然は嬉しいことに そんな要求を先読みするがごとく なにやら そろそろ、たけのこ食い放題みたいな 時期がやってくるかもしれないとのこと。   けれども たけのこを素人が見つけるのは 難しいかもと、母が言っていた。   いやいや だからこそ楽しみ。笑   かずや